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承認されても「まともに」とは思わないで　千葉雅也さん

哲学者の千葉雅也さんがゲイを生きる主人公を描き、芥川賞候補になったデビュー小説「デッドライン」は、女性からの反応がよかったといいます。千葉さんはそこに、ゲイと女性がともに抑圧を受けている現状をみます。同調圧力の中で、「みんながマイノリティーになることが大事」と語ります。
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ちば・まさや1978年生まれ、立命館大学准教授。著書に「動きすぎてはいけない」。初めての小説「デッドライン」で野間文芸新人賞を受賞、芥川賞の候補にもなった。
「デッドライン」は2000年代初めの東京を舞台にした小説です。昨今のLGBTブームが到来するはるか昔、ゲイの欲望の薄暗いところも含めて、あの時代を描きたいと思いました。
僕は19歳でゲイであることを両親にカミングアウトして失敗した経験があります。4、5年前まで、家の中で自分のセクシュアリティーを一切話せない状態でした。まるで僕には性がないような扱いだったのです。
両親の前で、妹は彼氏の話をするのに僕は黙っていなければいけない。苦しかった経験は「デッドライン」に生かされています。妹とは以前からお互いに男性の話をよくしていました。だから両親にもわかってほしかったんですよね、率直に。
マジョリティーが支配する価値観、その隙間を
「デッドライン」の主人公はドゥルーズの哲学に励まされます。僕はフランス現代思想から、マイノリティーはマイノリティーとして自信を持って生きていけばいいというエンパワーメントをもらいました。
いかにマジョリティーが特定の価値観で世界を支配しているか、その隙間をどうやって見つけてゆくか。フーコーやドゥルーズ、デリダの言葉は、マイノリティーである自分がどうやってポジティブに、あるいは戦闘的に、この世界で立ち振る舞っていくかというときの支えでした。
「デッドライン」の刊行後、女性の読者からの反応が良かった。ノンケ（異性愛）の男性はピンとこないみたい。抑圧を受けているという意味で、またノンケ男性への距離という点で女性と似ているところがあるのかもしれません。トランスジェンダーの人も共感してくれました。
ゲイの人の感想は遅れて届きました。奇妙なことに、というか、僕はゲイの中では全然マジョリティーじゃないので。
ゲイは短髪がメインストリームです。ゲイにも周縁があり、ゲイとレズビアンの欲望も違う。マイノリティーは一枚岩ではなく、政治運動では細かい対立がいろいろあります。「LGBT」とひとくくりにすることは、様々な問題の解像度を粗くしてしまいます。
マイノリティーとマジョリティーの間に政治的な戦いがあるだけではなく、マイノリティーの中にも主導権争いがある。利害が違うし、何が正しいというものでもない。
たとえば、ゲイは不特定多数とセックスをする文化があるが、レズビアンはその価値観をあまり良いとは思わないでしょう。どちらかに価値観を統一したら、どちらかが犠牲になる。互いに過度に土足で踏み込まないことが必要だと僕は思います。
ひとの欲望は違う、そしてそれはぶつかる
最近「トキシック・マスキュリニティ」（有害な男らしさ）という言葉をよく聞きます。女性を抑圧する男性性は、男の人をも苦しませる。だから、男らしさを批判していこうというのはわかります。一方で、これはデリケートな話なのですが、男性同性愛はそういう男の愚かさを愛しているところもある。
男の駄目さ、雑さ、愚かさ。それが好きだという異性愛の女性もいるでしょう。みんながみんな、人間関係が上手で、気持ちと論理をバランスよくコントロールできる優等生を目指せばいいというのは単純すぎる話です
様々な種類の欲望を見てきて言えるのは、ひとの欲望は違う、そしてそれはぶつかるということです。欲望の最大公約数的な理想は作れません。
精神分析家ラカンに「汝（なんじ）、欲望に関して譲歩することなかれ」という言葉があります。自分の欲望をあきらめるな、と。LGBTブームでマイノリティーは承認され、社会制度に組み込まれつつある。生活がしやすくなりますが、同時にマジョリティーの価値観、つまり、人としてまともであれという圧力もかかってきます。
マイノリティーの様々な欲望には、マジョリティーが眉をひそめるものがいっぱいある。しかし、社会参加するためにまともに生きなければ、とは決して思わないでもらいたい。
それはマジョリティーに懐柔されることだから。うまく逃げたり隠れたりすればいいのです。そう考えることは、マジョリティーの人をも解放すると思います。マジョリティーこそ強い同調圧力の中で生きているから。