認知症研究の第一人者の精神科医　本人自らが認知症になる

里見へ

この絵本をもって僕の医師としての最後の仕事とする。
まず、僕の病態を解明するために、大河内教授に病理解剖をお願いしたい。
以下に、認知症治療についての愚見を述べる。
認知症の診断を考える際、第一選択はあくまで長谷川式であるという考えは今も変わらない。
しかしながら、現実には僕自身の場合がそうであるように、
発見した時点で朝から一日中、捜し物をしていたり、今が朝か夜か、分からなくなる進行症例がしばしば見受けられる。
その場合には、脳のコンピューター断層撮影（ＣＴ）検査や心理テストを含む診断が必要となるが、
残念ながら未だ満足のいく成果には至っていない。
これからの認知症診断の飛躍は、長谷川以外の診断法の発展にかかっている。
僕は、君がその一翼を担える数少ない医師であると信じている。
能力を持った者には、それを正しく行使する責務がある。
君には認知症治療の発展に挑んでもらいたい。
遠くない未来に、認知症による家族の苦しみが、この世からなくなることを信じている。
ひいては、僕の屍を病理解剖の後、君の研究材料の一石として役立てて欲しい。
屍は生ける師なり。
なお、自ら認知症の第一線にある者が早期発見できず、治療不能の認知症で家族に苦労をかけることを心より恥じる。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
長谷川和夫